許し

  • 2014.08.22 Friday
  • 21:51
先日、いつもお世話になっている心理学やカウンセリングのスクールでのワークショップがあり、「許し」について学んできました。
私は、イエス様ととてもご縁のあった方の魂を持ってきているのですが(この話は何度も登場しています^_^;一人の人間が二つの魂で構成されているのをダブルと言うそうです。たくさん持ってきている人はまた違った名前があるみたい)、その方の叡智がこの「許し」とゆうものなのです。
「許し」の概念って、とっても難しくて、これまでいまひとつ自分の中で納得できていなかったのですが、こうして改めて学んでみると、私なりに落とし込むことができます。

私たちは、誰かを許せないと思うとき、その裏には傷と怒りと恨みが存在します。
傷つき我慢することが長く積み重なったとき、私たちは「許せない」と感じるのです。
でも、その許せない誰かにフォーカスしているようでも、本当は皆、自分自身にフォーカスしているのです。
許せないと思っているその誰かとの間に、傷ついたあなたが存在するのです。
なので、その人を許そうとするとき、必ず出会うのは、傷つき我慢してきた過去の自分自身です。
インナーチャイルドとも言うかもしれません。
例えば「あの人が許せなくて苦しい」は、本当は「あの人を愛したかったのに愛してはくれなかった、私も愛したいのに愛せないから苦しい、傷ついている自分自身さえ愛せないから苦しい」なのです。
どうでもいい人だったら、ただムカつく!で終わってしまいます。

私がカウンセリングをさせていただいていても気づくことですが、例えばどんなにご両親を許せないと恨んでいても、最後には、「こんなに愛していた、こんなに愛されていた」となるのです。
愛の塊のような人になっていくのです。
人はやっぱり愛でできているのだと感じる瞬間です。
「愛しい」とゆう言葉がよく合います。
もちろん、そこまで辿り着くには相当の勇気や意欲が必要ですが…。
みんな、隠してきた傷や怒りは見たくないものです。

カウンセリングの本当の良さは、その人が怖くて見ることのできない傷を、まずはカウンセラーが「痛かったね、辛かったね、怖かったよね」と受け入れることで、その人も安心して傷を見たり過去や自分自身を受け入れられるようになることなのです。
それは、エネルギーワークだけで簡単にできるものではないんです。
深い癒しが起きるとき、人と人との間に流れる触れ合いのようなものがそこに存在します。

「人が人を許そうなんてことは傲慢である。人は自分自身を許すことしかできない」

とワークショップで聞いたとき、そうだ、確かにそうだったと思ったのです。

「そして、許しとは理解である」

人は皆、自分自身を許すことで、自分自身を受容し愛し理解することで、人を許せる(または手放せる)ようになっていくんです。

私たちは誰かのせいにし、恨んでいるようであっても、結局は愛することのできない自分を恨んでいるのと一緒。
そこに気づくことができれば、世界が変わり、生命力や創造力が戻ってきます。

カウンセリングは、とにかくこの「許し」の連続です。
その方がご自身を許していくのを、ただサポートすることの連続です。
私はそういったことに携われることに、大きな喜びを感じているのです。

 

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