「犬になったおじいちゃん」

  • 2014.07.18 Friday
  • 10:36

4年前に、どうしても昔経験した出来事を文章として残しておきたくて、あるエッセイ教室に参加しました。
たまたま、参加したエッセイを書く講座では、選ばれた30人のエッセイが本として発売されるということで、私は頑張って書きました。
出来あがったものを先生に送ると、添削してくださって、出版社に送っておきますとのことだったのですが、結局30人中10人の原稿が先生の手配ミスで送られることはなく、世に送り出されませんでした。
その10人のエッセイのなかに私のエッセイも含まれていました。
そのときはとてもショックでしたが、今では「よかったのかな」と思っています。
あとで読み返してみると、書き足されていたところに先生の考えたフレーズがあり、私が伝えたかったことやエネルギーがあまりにも違っていたため、とても違和感を感じていたのです。
違和感を感じたものを押し通そうとしても、決まってよい結果にはなりません。
今回ブログに載せるにあたって、少し手直しをしました。
以前、アメブロを開設していた頃も載せたことがあったかもしれないのですが、アカウントを消してしまったので再度載せてみたいと思います。
どうしても世に残したかった、思い出の出来事です。

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「犬になったおじいちゃん」 三橋 智子

 金木犀の香る神無月、母方の父親であるおじいちゃんが亡くなった。79歳だった。おじいちゃんは腕のいい大工で、宮大工としても社会に貢献していた。お弟子さん達を自分の家に下宿させ、立派な大工にして外へ出していった。お酒好きで気性は荒かったが、真面目で働き者であったので町の皆から慕われていたと、後で母から聞いた。

 当時、私は中学一年生で、まだ下ろしたばかりのような新しい制服を着てお通夜に出席したことを思い出す。ある日の朝に自宅の黒電話がなり、私は直感的におじいちゃんが亡くなったのかもと感じた。父が電話に出て少し話をし、切ったあとに「おじいちゃん?」と聞くと、父は驚いたように「なんでわかった?」と言っていた。
 私はお通夜に出席するために、何を着たらいいのか母に尋ねると
 「あなたは制服でいいわ」
と言われ、気丈に振舞う母の表情の中にも深い悲しみを感じ、緊張し戸惑いながら、真っ白いブラウスに袖を通していた自分が今は懐かしい。
 千葉の田舎にある母の実家に兄弟たちが集まり、涙を流しながらおじいちゃんにお化粧をしたり死に水を取ったりして、お通夜への準備が静かに進んだ。「おじいちゃん、おじいちゃん」と泣きじゃくりながらおじいちゃんに触れる母を見たとき、小さい母が余計に小さく見え、母の姿は子供のようで私の心は複雑だった。
 夕方になると、慰問客が来られて慌しくなっていき、私は何を手伝っていいのか分からずお手伝いもそこそこに一人座っていた。実家でのお通夜はしめやかに執り行われた。
 翌朝は、また告別式の準備で朝から大忙しだった。母が喪服を着たまませわしなく走り回っている。葬儀社の人が荷物を持ってくる。祭壇の造作は素晴らしいものだった。大工のおじいちゃんがこの祭壇をみたらなんと思うだろう? 塔婆に書かれた戒名を見ると、おじいちゃんらしい良い名前をもらったように感じた。
 いつも感じている金木犀のいい香りは忘れさられ、慣れていたお線香の香りもお葬式独特の雰囲気を前に私は圧倒されていった。弔問客の方々の神妙な顔が私をさらに緊張させる。
 読経も終わり、ご住職による挨拶が始まった。
 「○○さんのおじいちゃんは生前、本当に真面目で沢山の素晴らしい建物を建てて来られました。79歳という天命を無事に全うされたと思っております」
ご住職がそう言い終えると、突然ふわっと、おじいちゃんの塔婆が倒れた。
どよめきが起きた。

窓も締め切られており、風も入ってこられない状態で塔婆が倒れたのである。私達は驚いた。
 「今、おじいちゃんが最後の挨拶をされましたね。」
ご住職が微笑みながら、言われた。
 ふと、おじいちゃんとの思い出が頭をよぎる。夏休みになると、よく冷えたスイカをご馳走してくれたおじいちゃんを思い涙が滲んだ。そして、その時、私たちはまだそれがおじいちゃんの仕業とは思いもしなかった。
 この地域には”三回まわし”と言って、お墓へと向かう際に、皆で輪になり庭の中を三回左まわりにまわるという風習がある。
 喪主である長男がお骨を持ち、妻であるおばあちゃんが遺影を持って回った。奇妙な風習だが、この地方の仕来たりなので言われるがままに前の人の後について歩いた。子どもの遊びみたいに、皆が輪になって庭を回る。「かごめ、かごめ、かごの中のと〜りぃは〜」と歌が聞こえてきそうな光景。おじいちゃんにとって様々な思い出の詰まった我が家での最後の時間である。皆で最後を噛みしめながら庭のなかをゆっくりと輪になって歩いた。
 すると、どこからともなく一匹の犬が舞い込んできた。
毛並みは短く、薄い茶色をした中型のその犬は、首輪も付けておらず野良犬のようだった。犬はゆっくりと歩いて輪に近づく。まるで意思をもっているような動きだった。その犬に注目しているのは私だけではなかった。母も、父も、その犬に視線を注いでいた。
 そして、犬は当たり前のように輪の中に入ってきて、おばあちゃんに寄り添い歩き始めたのだ。そのときは、ほとんどの人がその犬に注目していた。
 親戚中が口々に
 
「あんな犬、飼っていたかしら?」
と言い出したが、そんな犬は飼われてはいなかった。いったいどこの犬だろう?
 私はすぐに、その犬はおじいちゃんかもしれないと悟った。それは、塔婆が倒れたときから始まっていたのだ。
三回まわりが終わったあとは、そのまま霊園まで行くことになっていた。
 とうとうその犬は、霊園の入り口まで一緒についてきてしまったと思ったら、急に走り出した。
そして、あるひとつのお墓の前でピタリと止まり、しゃがんだのだ。まるで「ここだよ」と私たちに案内しているようだった。
「あ!あそこで犬が止まったよ! あのお墓、誰のお墓!?」
 私がドキドキしながら母に聞くと
「あれはうちのお墓、おじいちゃんの」
「やっぱり!」
そのとき私はハッキリと、その犬がおじいちゃんなのだと確信した。
母もそれを理解しているようだった。
 最後の最後まで、優しくて律儀で責任感の強かったおじいちゃん。信仰に熱心でもあったおじいちゃんは、人の身体は無くなっても魂は無くならないのだと、塔婆や犬を使ってまで私達にそれを見せてくれたのだ。名残惜しそうに最期の”ありがとう”の気持ちを表してくれたのだ。
 ふと気がつくと、私達が花を手向けたり線香をあげたりしている間に、大役を果たし終えたその犬は、静かにどこかへ行ってしまっていた。
 今でも私はこの時の出来事を思い出し勇気付けられる。おじいちゃんがこの世に残したかった想いや愛は、いつまでも消えることがない。おじいちゃんは、私に証明してくれたのだ。金木犀の香る季節になるたび、そして人生で辛いことが起こるたび、人は肉体だけの存在ではないのだと強く生きることができる。
 私たち人間は、強い魂と愛でできているのだ。
「おじいちゃん、いつまでも見守っていて。そして、いつもありがとう」
 
(了)
 
 

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