- 2014.01.18 Saturday
- 21:40
人生を通して探し求めたいものがあります。
それは、10代の頃から私を導いてきてくださった方々からのメッセージでもありました。
19歳のときに、出家されていたとあるシャーマンの方に出会い助けられ、その方に「私と同じものを持っているから将来私のようになりたいと言っても止めないであげて欲しい」と、母が言われた言葉から始まりました。
私は出家やシャーマンになどにはまったく興味がなかったので、将来はきっとこの人のようにはならないだろうなと思っていたのです。
ところが、35歳のときに突然シャーマンの覚醒が始まり、私はその人の言うとおりシャーマンになってしまいました。
20代の頃になると、さらに様々な予言のようなことを言われるようになりました。
「あなたは私と同じようにスピリチュアルティーチャーの素質があるから、やりたくなったら誰かのもとについて勉強してください」と言われるようになっていきました。
スピリチュアルティーチャーとは、たぶん自分の真実を自分の言葉で語れる人。
自分の真実は、体験や経験、強い想いなどを通してでしか語れないと思うのです。
ずっと、やりたくないなと思っていましたが、シャーマンになってしまったことで腹をくくり、本当にこれまで私を導いてきた人の言葉が正しいのなら、少し信じてみようとゆう気になってきました。
もし、それが本当なら、この世界(自分が創り出している世界)を少しは信じていいのかもしれないと思いました。
私はそれまでの人生を絶望しながら歩いていたのです。
たくさんの抱えきれないものを抱えて体調が悪く寝込んでばかりの毎日で、ただそれを改善させたくて始めたカウンセリングやセラピー、ヒーリングやエネルギーワークでした。
それが、スピリットたちとの契約でシャーマンに覚醒したことで、またスーパーバイザーから肉体強化をしてもらうことで、私は普通の生活が送れるようになっていきました。
今思えば、それは、マトリックスのネオのように、言われた言葉はただの予言であり、その予言を本物にしていくには、自分が常にそれを選択していくかいかないかに託されていました。
ネオは、預言者に「救世主」になると予言されていましたが、その時はまだ救世主ではありませんでした。
ネオは、自分でそれを受け入れる必要がありました。
受け入れ、戦う必要があったのです。
すべては自分の選択にかかっていました。
ちょっと例えが大げさでしたが
シャーマンになるときも、「あなたは今、スピリット達と契約を交わそうとしているの」と言われ、激しい覚醒を通してシャーマンになりたくなかった私は(当時すでに激しく始まっていましたが)、嫌なら契約を破棄することもできると言われたのです。
結局少し考えさせてくださいと言いましたが、覚醒していくためのサポートを受けることになりました。(覚醒が激しかったためサポートがあって良かったなと思います)
シャーマンに覚醒したことで、寝込むこともなくなり、皆さんと同じように生きられるようになりました。
ただ、癒しや霊的なことに関してはほとんどが奉仕活動なので、嫌になってしまうことも正直あります。
シャーマンは結局、地球に存在するスピリットと契約し、そこの地域や土地や国、もっと大きく言えば地球のために働くということなので、そのほとんどが奉仕なのです。
そうゆうときは休みながら、調整していただきながら、楽しみを見つけています。
シャーマンになることは、もしかしたら最初から決められていたことかもしれません。
シャーマンになってから「生きる」とゆうことができるようになったから。
でも人は、やっぱりそのものになるために選択や決断をするのだと思うのです。
今後もたぶん進んでいくのだと思います。
言われた様々な言葉が、本当にそうなのか見てみたい気持ちです。
私の中に、本当にそのようなものがあるのなら、見てみたいと思うのです。
ただ、いつも気が引けてしまうのは、言われる言葉がとてもスゴイ言葉ばかりだからなんです。
え?私が?とゆうような言葉ばかりで、そんなことが私にできるんだろうかと思ってしまうのです。
でもこれは、シャーマンや私に限ったことではなく、すべての方に当てはまると思います。
誰かから何かしらのメッセージを受けたときに、やるかやらないかは自分次第で未来はどうにでもなるのです。
私はたぶん遅咲きで、他のワーカーさんよりもかなり遅れているかもしれません。
でも、ゆっくりとでも確実に、自分の気持ちを確かめながら進みたいのです。
やりたくないものは、やっぱりやりたくありません。
いつも客観的に見てしまう癖があり、特に誰かから教えてもらうとゆうときには、その方の良いところと悪いところを見て納得したうえで受けるようにしています。
誰にでも何にでも良いところと悪いところがあるから。(見る人の意識によってそれは変わりますが)
両方をひっくるめてその人や出来事を愛せるか愛せないのか。
最近、つくづくそんな風に思います。
怖がりで敏感なので、とても用心深いのです。
だから余計にゆっくりになってしまいがちですが、丁寧とゆうことでもあります。
なんでも、丁寧にやりたいのです。
そして、ずっとやりたくなかったシャーマンをやるのだとしたら、やっぱり救えるような存在になりたいのです。
真剣に求めてきてくださる方を救えなければ、こんなに苦しい想いをしてまでやってる意味がないと思っています。
誰も何も救えなければ、本当になんのためにスピリットたちからシャーマンにさせられたのか、分からなくなってしまいます。
シャーマンって、生きることそのものだから、もしかしたらそんなことも手放さなければならないのかもしれないけど…
でも、それほど大変なシャーマンの仕事なのだから、自分の納得のいくやり方でやりたいなと思っています。
私は、本当はとにかく快楽を求めたい性格なのです。
ボーッとして、美味しいものを食べて、やりたいことだけをやって適当に楽しく生きていたい人間なのです。
それがいつの間にかこんなことになっていて、人生って分からないものですね。
それから、人生を楽しむ生きるコツは、例えば大変なことがあるとしても、まったく違う顔の自分を持てる何かを持つことです。
私は普段ライトワークや仕事をしていますが、それとは別に素の自分の世界を持つこと。
人生すべてがライトワークや仕事にならないことが秘訣です。
普段はビシっ!っとしているなら、家ではとにかくダラダラするとか…簡単なことです。
ライトワークや仕事がもしなくなることがあっても、生きていけるダラダラ感や楽しみを持つことだと思っています。
「きっとなんとかなるさ」とゆう気持ちと、なんでもそれが「すべて」にならないことです。
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