デッドゾーンは次へのステップの成長過程

  • 2015.10.04 Sunday
  • 12:25
皆さま、こんにちは!
いつもありがとうございます。

少し前に、あるメンタルスクールで一般的なセラピーやカウンセリングを学んでいたことをきっかけに読み始めたブログがあります。

「恋愛テクニック」というブログです。

恋愛テクニックといっても、「こうすれば男性(女性)は落とせる!」とかハウツーものではなく、すべて心理学に基づいたものになっています。
本当にたくさんの癒しのヒントがあります!

そしてビックリするのは、恋愛でつまずくというのはすべて自分への癒しや相手への癒しへと繋がっていることです。

自分の癒しと恋愛がどうして繋がってるの!?と思うかもしれませんが、実は私達が経験するすべての人間関係は、小さい頃から培ってきた家族関係から生まれているのですよね。

家族との関係性は、大なり小なり、その後の人間関係に反映されていきます。


だからたくさんの傷を抱えていると、いっつも同じような人を好きになってしまうとか、いっつも同じような関係になってしまうとか、同じような終わり方をしてしまうということが起こってくるのですよね。

私たちは家族から影響を受けて、それを自分のものとして生き、男女関係なく親しい人や重要な人、特別だと感じる人へもそれを投影していくのです。


話はそれましたが、心理学のなかで出てくる「デッドゾーン」という言葉があります。

これは、ある程度関係性が進んでくると突き当たる壁のようなもので、それ以上進めないという感覚に陥る場所です。

恋愛で言うなら、何もかも知り尽くしたような感じやマンネリな感じ、もしくはすべてが輝いて見えていたのに急にいつもの風景に見えてきたり、嫌な部分ばかりが目についたり。。

これは次へのステージに上がるときで、これまでのやり方や考え方では通用しないことを意味しています。

自分の在りようを変えるときでもあります。

相手との関係性のときもありますし、自分自身の問題についてだけに言えるときもあります。


クライアントさんの癒しに関わっていると、ある程度順調に進まれてきたのに、ある時これ以上はこの方法では進めないという時がきます。

私はこの状態と似ているなと思っているのですが、これまでヒーリングやエネルギーワーク、カウンセリングだけで動いていたエネルギーも、こういった方法だけでは動かせないエネルギーや状態が出てくるのです。

それは、これまでの癒しのほとんどを誰かに手伝ってもらっていた状態から、今後は自分で自分の癒しに本格的に関わっていくということを意味しています。

ほとんどを手伝ってもらいながら動かしていたエネルギーを、今後は自分自身でエネルギーを動かしていくということを体験する時期に差し掛かっているということなんです。

自分自身でエネルギーを動かしていくことは、とてもやりたくないことです。
第一、面倒くさいのです。
最初は、はぁ〜っとなってしまいます。

でも、そこを動かせるようになると、癒しや気付きは格段に進み、どんどんと自分自身に開いていくのです。

デッドゾーンは、やりたくないことをやるときでもあります。

そこを超えることができると、すべてが飛躍的に進みます☆



プリエール 桜岡ともこ











バイフォーカルビジョン

  • 2015.02.06 Friday
  • 13:10
みなさま、こんにちは。

今年に入ってからすぐにまた、創造療法を受け始めました。

週に1回のプチとゆう感じで、アートセラピーのようなものを受けていました。

創造療法は、私が普段行ってはいないカウンセリングへのエッセンスやスタンスがあって、180°カウンセリングの概念を変えてしまうようなものです。

これまで私が提供したいと思うカウンセリングを模索してきて、やっと見つかった!!と思いきや、まだまだ実は先があって、うえ〜ん(つд∩)となってしまいそうですが…

私が提供したいカウンセリングのやり方だと、すべてに細やかにサポートしてしまうため金額が高くなってしまうとゆうことがあって、金額をいただかなければ私がやりたいことができず苦しくなる…とゆう事態になり、宇宙霊障に対応できるようになり無償でのアセンションサポートがかなりできるようになった今でも、お安くご提供するには限界があると知りました。

さらにもっとお安くするには創造療法を学ぶしかないとゆうところに行き着き。。。

もっとカウンセリングを受けてもらいたい。
もっと自分が素晴らしい存在なのだと知って欲しい!
もっともっと自分の力でどこまでも行けると知って欲しい!!

そうやってカウンセリングやプロテクションをご提供してきました。

それを追求すればするほど、実は私自身がもっともーっと学ばなければならなくて、もっと超えていかなければならなくて、はぁ〜ん先が長い!とゆう感じなのですが、私が本当にやりたいことなので、これからも超えていきたいなと思います。

ところで、バイフォーカルビジョン。

ふたつの視点から見るとゆう姿勢のようなんですが、人間のその人と、もっと高次の神聖な目的を持つその人を一度に見るとゆうのが、このバイフォーカルビジョンだと教えていただきました。

それは少しはできているはずだけれど、それが実際どのような感覚なのかは私が体験してみなければわかりません。
もっと深い何かがあるのかもしれない。

けれど、3次元の私を見て欲しい、3次元の悩みを聞いて欲しいとゆう場合、果たしてこのバイフォーカルビジョンは役に立つのだろうか…なんて思ってしまいます。

確かに、その視点はとても大事だしセラピストとしてはできなければならない視点なのだけど…

寄り添うとゆうことが果たしてそれで出来るだろうか…と思ったりしてしまいます。

ここでもまた、私独特の方向性が出てしまいそうだけれど、それが私なのでヽ(=´Д`=)ノ

カウンセリングを必要としている人は、ゆっくり変わっていきたい人なのです。
自分で納得して進んでいきたい人なのです。
そんな人が様々なエネルギーワークやヒーリング、錬金術を受けても実は効果を感じることは難しいことです。

だから、その人の進み具合で変えなくちゃならないのかもな…と思ったりしています。

3次元の悩みや話を聞いてもらいたいとゆうときはこれまでのカウンセリングを。(ものすごく大事なところ)

それを超えることができて、さらに進みたいと思ったときは創造療法でさらにその人の神聖な目的を進められるようにすること。

それがお手伝いできたら、最高だろうなと思ったりしています。

3月末に創造療法士のトレーニングがあるのですが、私はもう少し先になりそうです。

その前に、シャドウワークを受けなくちゃ…と思っています。

創造療法士のトレーニングはシャドウワークも入るそうなので、ドロドロになって死にたくなるそうですが…笑…怖い(もちろん最後にはキラッキラになるそうです)

でも、カウンセリングをしていれば、このシャドウにフォーカスするのは避けられないことなので、そこをさらに深くお手伝いするには、自分自身がもっとシャドウを経験して超えていかなければならないなぁと感じています。

果てしないなぁ…

私のつぶやきでした。。


プリエール



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エディプスエレクトラコンプレックス

  • 2014.10.18 Saturday
  • 13:00
エディプス(エジプトの言語で腫れたかかとだったかな?)とゆうのは神話がもとになっているようですが、すべての人の人間関係のベースになっている、両親との間に生まれる初めての三角関係(ストレートに言ってしまうと不倫関係、相手のいる人を好きになること、独り占めしたい気持ちなど)複雑な繋がり、心境。
そして、性にまつわる感覚です。
私たちの本当の初恋は、実は異性の親だったのですね。
性に関していうと、男性は「僕にだけついててごめん」とゆう罪悪感、女性は「私にはついてない、なんで!」とゆう悲しみや怒り。
それはきっと、私たちの集合無意識のなかにもあるのかもしれません。

昔、心理学者のフロイトがこのエジプトの神話を劇場で披露したときに、拍手喝采で多くの人の心に響き受け入れられたのを知り、もしかしたらこの物語はすべての人の中に存在するものなのではないか?と、研究したのが始まりだとされているようです。

先日、勉強会に参加してきました。
私はこの言葉をはじめて聞いたので、とても興味深々で行ってきたんです。
そしたら、すごい収穫がありました。

私は、このコンプレックスがすごく根深いんだなぁと思いました。
親への気遣いと、葛藤と、欠如感。
私は、実は夫と息子がとても仲が良いことに嫉妬していたんです。
私には入り込めないって、いつも寂しい気持ちでした。
けれど、夫を息子から奪うこともできない。
奪ったらきっと息子が悲しむに決まってるし、だったら私は我慢をしようと、いつも思っていたんです。
けれど、我慢はいつか爆発しますね。
怒りのときもありますし、怒りを通り越して悲しみや根拠のない寂しさが付きまといます。
講習会で先生に質問すると、「それは性器に関すること」とすぐに答えていただきました。

私は、その話を聞いたときに、はっ!としました。
実は、ずーっと浮かんでくるビジョンがあったんです。
ビジョンは感情も伴って浮かんでくるんです。
私は、小さな頃、父が庭で用をたしているところを見てしまったことがありました。
本当に興味本意で父の部分を覗き込んだんです。
そのときに、とてつもない衝撃を受けました。
すごいものが付いてる!って。
こんなもの、私にはない!って。
そのとき、はじめて父を異性として認識したのだと思います。
そのときの衝撃がずっと心に残っていて、父に異性として恋するような気持ちと、私にはない、私は父とは違う、とうてい手が届かない憧れのような異性とゆう感覚、欠如感が残ってしまって、男性である夫と息子が仲良くしているのを見ては、なんとも言えない気持ちになっていたのです。
私には決して理解ができない世界なのだ、そこには所属できないのだと、無意識に感じていたのだと思いました。
そして、私はこれまでの恋愛のなかで、とうてい手が届かない憧れのような異性になんとも言えない切なさを感じ、執着するような気持ちでいたのです。
その感覚は辛いのにも関わらず、どこか懐かしく安心でした。
それは、父に対する気持ちを何度も味わっていたのだと思います。

よく出てくるビジョンは、私にいつも必要なことを教えてくれます。
何かに気づいてと言ってくるようです。

毎回、心理学や無意識の世界ってすごい!と思います。
こんな風にいっこいっこ、扉が開いていきます。
単純なイメージ療法でも、とても解放されることがあって、私は心から心理学って楽しいと思うのです。
何があってこのような気持ちになるのか、こんな感情になるのかと、一つ一つの理解が私には必要なんだなと思っています。
納得することで、私は手放していくことができます。

すべての人に、心理学や論理的な説明が必要ではありません。
でも、セラピストやカウンセラーとしてそのような背景を知っていることは、お話を聞きワークする上で役立つのではないかと感じています。





プリエール 桜岡智子









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許し

  • 2014.08.22 Friday
  • 21:51
先日、いつもお世話になっている心理学やカウンセリングのスクールでのワークショップがあり、「許し」について学んできました。
私は、イエス様ととてもご縁のあった方の魂を持ってきているのですが(この話は何度も登場しています^_^;一人の人間が二つの魂で構成されているのをダブルと言うそうです。たくさん持ってきている人はまた違った名前があるみたい)、その方の叡智がこの「許し」とゆうものなのです。
「許し」の概念って、とっても難しくて、これまでいまひとつ自分の中で納得できていなかったのですが、こうして改めて学んでみると、私なりに落とし込むことができます。

私たちは、誰かを許せないと思うとき、その裏には傷と怒りと恨みが存在します。
傷つき我慢することが長く積み重なったとき、私たちは「許せない」と感じるのです。
でも、その許せない誰かにフォーカスしているようでも、本当は皆、自分自身にフォーカスしているのです。
許せないと思っているその誰かとの間に、傷ついたあなたが存在するのです。
なので、その人を許そうとするとき、必ず出会うのは、傷つき我慢してきた過去の自分自身です。
インナーチャイルドとも言うかもしれません。
例えば「あの人が許せなくて苦しい」は、本当は「あの人を愛したかったのに愛してはくれなかった、私も愛したいのに愛せないから苦しい、傷ついている自分自身さえ愛せないから苦しい」なのです。
どうでもいい人だったら、ただムカつく!で終わってしまいます。

私がカウンセリングをさせていただいていても気づくことですが、例えばどんなにご両親を許せないと恨んでいても、最後には、「こんなに愛していた、こんなに愛されていた」となるのです。
愛の塊のような人になっていくのです。
人はやっぱり愛でできているのだと感じる瞬間です。
「愛しい」とゆう言葉がよく合います。
もちろん、そこまで辿り着くには相当の勇気や意欲が必要ですが…。
みんな、隠してきた傷や怒りは見たくないものです。

カウンセリングの本当の良さは、その人が怖くて見ることのできない傷を、まずはカウンセラーが「痛かったね、辛かったね、怖かったよね」と受け入れることで、その人も安心して傷を見たり過去や自分自身を受け入れられるようになることなのです。
それは、エネルギーワークだけで簡単にできるものではないんです。
深い癒しが起きるとき、人と人との間に流れる触れ合いのようなものがそこに存在します。

「人が人を許そうなんてことは傲慢である。人は自分自身を許すことしかできない」

とワークショップで聞いたとき、そうだ、確かにそうだったと思ったのです。

「そして、許しとは理解である」

人は皆、自分自身を許すことで、自分自身を受容し愛し理解することで、人を許せる(または手放せる)ようになっていくんです。

私たちは誰かのせいにし、恨んでいるようであっても、結局は愛することのできない自分を恨んでいるのと一緒。
そこに気づくことができれば、世界が変わり、生命力や創造力が戻ってきます。

カウンセリングは、とにかくこの「許し」の連続です。
その方がご自身を許していくのを、ただサポートすることの連続です。
私はそういったことに携われることに、大きな喜びを感じているのです。

 

繰り返す人間関係のパターン

  • 2014.08.09 Saturday
  • 09:50
☆本日8月9日(土)夜20時〜【共有ワーク】「心と体をリラックス、これまでのご自身を労わる時間」を開催いたします。ワーク開始直前まで申し込みができますのでご参加ください。

-------------

最近になって、ようやく、本当にようやく分かったことがありました。
それは、母親との関係から来る現在の人間関係のパターンについてです。

かなり前から私は、誰かと出会ったときに「可哀想だな、気の毒だな」と直感的に感じたときに、その人と関わるとゆうことをしてきました。
最初はたぶん無意識に近いので、自分が相手を「可哀想、気の毒」と思っているなんて感じずに、なぜだかこの人と関わりたい、たぶん助けたいとゆう気持ちになるのだと思います。
特に寂しい波動を出しているときや、疲れていると感じたときに、私はそういった気持ちになるのだと思います。
けれど、そうやって自分から近づいた関係からは、結局よいものは得られず、そればかりかダメージを受けるとゆうパターンが出来上がっていました。
よくよく考えたら、母との関係から来ていたのだなと分かりました。
私の母がやはり可哀想な人で、いつも疲れていたし、泣いてばかりの人でした。
だから私は、いつのまにか「お母さんのために生きる!」と誓った時期がありました。
そうすればお母さんが喜ぶ、幸せになれると信じていたんです。
ところが、それが崩れさるときが来ました。
母は、まったく私のことなど考えていないと感じたときです。
心配して、母のために生きると頑張ってきたのは私だけだったと思い知らされたときでした。
もちろん母も私のために生きた部分もあったかもしれないけれど、でも私の受けたショックは相当なものでした。

そこから、人間関係のパターンが変わっていったように思います。
いつも誰かを追いかけていないと気が済まなくなっていました。
母のような「可哀想、気の毒」な人を見つけては、追いかけました。
けれど、必ずそれはダメージを受けました。
うまくいくはずもありませんでした。
母との間でうまくいかなかったパターンを払拭したかったのと、「可哀想、気の毒」といったネガティブな気持ちから関わろうとしていたからでした。
それは、すべて無意識で行われていました。
自分を癒すことなどできず、結局は、母との間に起こったパターンを、ただ繰り返すだけになっていました。

それは今でも繰り返されていました。
シャーマンになったことで、相手の抱えるものを強く感じるようになりました。
その人がシャーマンの資質を持ち引寄せているもの、やらなければならないもの。
そういったものを直感的に感じるとき、私はまた「可哀想、気の毒」とゆうこの無意識のパターンが起こりました。
けれど、今回は少し違います。
「可哀想、気の毒」の前に、「やりたくない」とゆう気持ちがきます。
たぶんそれは、相手の課題を「やりたくない」とゆうことなのだと思います。
結局、シャーマンは無償でできてしまうことが多いですから、関われば無償でやれてしまうのです。
もちろん力が抜けていなければダメージも来ます。
私は、「やりたくない」とゆう気持ちと「でも可哀想、気の毒」とゆう気持ちと、よくわからない罪悪感で関わりを持つことがありました。
傷がうずくのです。
そうゆうことを繰り返して、私はやっと気づきました。

母との間に起こったパターンを、ただ癒したかったのだって。
母との間ではうまくいかなかったけど、他の人とならうまくいくはずだって、思っていたのだと思います。

けれど、そういったやり方では癒せないと分かり、まずはこれまでのダメージや傷ついていた気持ちを感じようと思いました。
一生懸命に人間関係で払拭しようとしていたけれど、まずは自分にそういったパターンがあることを受け止めて、感じる時間を持とうと思いました。

焦らず、追いかけず、嫌だなと感じたら正直にそこを離れる。
自分に正直に。

関わるのなら、感じたことをしっかりと受け止めて、「私は本当にそれをしたいのかしたくないのか」を考える。
それでもやりたいと思うなら、力を抜き、やれることをやれるようにする。
喜びでやれるようにする。

そういった覚悟や、自分を優先して労わることが大切なのだと思いました。
ダメージのあるパターンはもう繰り返さない。
「この人といると気持ちがいい、心から関わりたい」と思えるから関わるのだとゆうパターンに、切り替えていくのだと思います。

これは、たぶん恋愛にも言えることですね。
同じパターンを繰り返してダメージを受けている人は、なにかしら払拭したい傷があるのかもしれません。

まずは、傷を抱きしめましょう!
自分ではできない人はセラピストや専門家を頼って。

-----------

遅くなりましたが、サロン名とセラピスト名が変わりました!

サロン名はPriereプリエール
セラピスト名は桜岡智子(さくらおかともこ)です。
ホームページも少しずつ変えていきたいと思います。

桜岡は、スーパーバイザーにつけてもらいました。
桜を使いたいとお話したら、じゃあ岡とゆう漢字がいいから桜岡でとなりました。
プリエールは、フランス語で祈りとゆう意味です。
なんとなく響きでつけてみました^_^
ちなみに、Salon de priereは礼拝堂とゆう意味?
祈る場所を意味しているから、そこがどこだったとしても、祈るときにはそこが礼拝堂のように神聖な場所になるのだと思います。

それでは、今夜の共有ワーク、私も傷を抱きしめながらゆったりとした時間を過ごしたいと思います。
みなさまも、どうぞ幸せな時間をおくつろぎください。




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父の姿

  • 2014.07.04 Friday
  • 16:32
先日、三回目の恋愛心理学のワークショップへ行ってきました。

毎回ビジョンを見せられるのですが、今回も不思議なものが見えました。

学んだ内容については、この次のブログに書きたいと思います。

誘導瞑想が始まると、先生は「小さなあなたが後ろに立っています」と言いました。

ん?後ろ?と思って振り向いたら、そこには父親の姿がありました。

先生は自分の子供の頃が見えるといったけれど、どうして私には父なのだろう?と思いました。

父を見ていると、すぐに小さな男の子になりました。

私が、悲しい家庭環境のなかで感じていたことは、皆がバラバラで、みんな深い傷を持っていたとゆうこと、問題がたくさんあって、私はいつもそれを見て感じていました。

特に父親については、寂しさばかりで、たぶん子供の頃の父に影響を受けていたのだと思います。

私の中に、父の寂しさがありました。

私が感じてきた寂しさは私だけの寂しさではなくて、父のものもあったとゆうことなんでしょうね。

でもそれによって私は、ずっと自分を傷つけてきました。

最近です。ようやくそうゆうことがわかってきたのは。

もう大丈夫だよと言って子供の父を抱きしめると、天使のような姿に変わって上へと上っていきました。

自由にはなれないと信じてきた母の思いと、いつも寂しいと思ったいた父の気持ちと、こんなにも影響を受けてきたんだなと思いました。

私の中に両親二人の傷も存在していて、でもそれって、もしかしたら、みんなそうなのかも…って思いました。

まだまだあるのかな…?


誘導瞑想は、私はカウンセリングの中でも使います。

ご本人に問題が認識できないときに使うと、とてもわかりやすいです。

私達の感情はよくできてる。

  • 2014.07.03 Thursday
  • 23:13
どんなにネガティブな感情を抱えていたとしても、そのネガティブな感情を抱えていることで得られるものがあるんですよね。

それは無意識すぎてすぐには分からないかもしれないけれど。

誰かに対して抱えている怒りがあるなら、その怒りを抱えていることで相手と繋がっているとゆう感覚を得ているのかもしれないし

相手に怒りをぶつけることで、相手に甘えられる状態を作っているのかもしれないですよね。

いっけん、すべてがネガティブに思えるものでも、人間ってうまくできてるもので、全部がネガティブなものなら要らないよ〜ってなるんですよ。

そっちには興味を示さないんです、きっと。

何かを得られるから、手放したくないんです。

ネガティブなことから、自分にとったらポジティブなものを得ているんですよ。

都合がいいものとも呼ぶかも?

そこを一緒に見ていくのがカウンセラーやセラピスト。

ネガティブな感情が苦しいと訴えているけれど、でも本当はそれによって得ているものがあるよね?って気づいていけなければ、手放せないこともあるのですよね。

何かを得られるから手放せないと認めてしまったほうが、楽になることがあります。

楽になれば、それを必要としていた自分を受け入れることができて、すんなり手放せるときがあるのですよね。

人間ってうまくできているもんですね。

恋はチューチュートレイン。

  • 2014.06.30 Monday
  • 07:03
先日、恋愛心理学の勉強会に行って来ました。

心理学、本当に面白いです。
こんなに面白いものだなんて思ってなかったです。
心理学って聞くと、なんかちょっとお固いイメージがあって、楽しくなさそうと思っていたのですが(私が勉強してきたものが面白くなかったから?^_^;)
たぶん、教科書もなく、笑いを含めたお話だけで進められていくので、楽しいのだと思います。
いわゆる、ワークショップですね。

心理学と言っても、ところどころスピリチュアルな要素もあって、結局はそこに辿り着くのだなと思います。
先にスピリチュアルを学んだからこそ、理解できるところもあったりして…。

スピリチュアルは広すぎて終わりがないのですが、心理学にはルールがあって終わりが見えます。
そこが私には楽しく思えるのかも。
スピリチュアルは修行で、心理学は修業とゆう感じ(^ω^)
ずっと修行モードだったので、切り替えができていいですね。

今回の恋愛心理学では、恋はチューチュートレインと聞いて、なるほどな〜と思いました。

恋愛をするとき、私たちは目の前の1人とするわけですけど、それは1対1のパートナーシップではなく、これまでお付き合いした方々が目の前の相手の後ろから見え隠れするとゆうもの。
そして、最後には親にたどり着きます。

男性が、お付き合いの中である女性と向き合うとしたら、その女性の中に過去の女性の姿を見るのです。
そして、やっぱり大きいのは母の存在。
親は、はじめて触れる異性です。
お母さんとの関係性が彼女を通して現れてきます。

その逆で女性は、今の彼の中に過去の男性の姿を見ます。
そして、お父さんにたどり着くのです。

恋愛で苦しくなったら、そこを見てほしい、癒してほしいというサイン。

私自身、やはりずっと父の存在を求めていて、お付き合いしたのはいつも10歳ぐらい年の離れた人ばかりでした。
包容力がある人といると、安心できました。
そして、何より父に守られている感じで嬉しかった。
でも、逆に会社の上司などの権威者には、父の中のネガティブな側面を写し出しました。
だから、うまくいかないことが多かったように思います。
手放せて今は楽になっています。
手放せると、それを経験するとゆうことを選択しなくなります。
もうそこから学ぶ必要がないのですから。
だから、私たちは癒されるほど、手放せるほど楽に、より幸せになっていくんです。

心理学は、本当に気軽に話を聞こうかなとゆう感じで参加しているのですが、お話を聞いている最中に変容が起こってきてビジョンを見せられます。
傷ついたままの過去の私です。
傷を持ち越している時点で、もう過去ではないですね。
今ですね。
今、すべてが起きているとゆうのは、こうゆうところから来るのですよね。
傷ついている私に、頑張ったね、本当にみんなのためにやってきたよね。と声をかけてあげるだけでも全然違います。
これまで2回ほど参加しているのですが、毎回ビジョンを見せられてクタクタです。
でも楽しいので、続けていきたいと思います。

スピリチュアルは、魂を学ぶもの。
心理学は、人間を学ぶものですね。

癒しには両方が必要ですね。



そうそう、今回勉強していたホール前の通路のソファーに、男性が座ってパソコンをされていたのですが、どこかで見たことある人だな〜と思っていました。
気になってチラチラ見ていたのですが、なんと、カウンセラーの心屋さんでした。
お隣のホールで勉強会をされていらっしゃったようです。
テレビで2回ほどしか拝見したことないのですが、テレビで見るのと同じで、ピリッとした雰囲気があってちょっと違うってすぐに分かります。
あ〜この方が心屋さん。。。
と思って、ちょっと嬉しくなってしまいました(^ω^)

それでは今日もよい一日を♪


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